私は人の顔を中々覚えられません。
 小学校ごろまでは何とかそれでもクラス全員の顔を覚えていたのですが、中学高校と進学するにつれて、どうにもこうにも無理になってきていました。
 ずっとそれで困っていました。一度あった人の顔と名前を、自己紹介の一度ですぐ一致させるということができないのです。
 例えば宴会などで、会の始まりのほうであいさつされたとしても、宴会の途中でその顔の人がどの名前か、ということを覚えられないのです。
 数式などはぼんやりとでも覚えられますし、htmlタグなどもさくさくと覚えたように思います。
 だというのに、人の顔と名前が本当に大いにぼんやりしていて、思い出せないし、覚えられないし、結びつかないのです。
 むしろ、発達障害だと発覚するまで、どうやったらそんなに簡単に人の顔と名前を一致させ、覚えられるのかと、ほかの人の能力に関して、不思議に思ってもいました。

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どうやらこれは発達障害の症状の一つらしい

 で、診断を受けて色々調べて分かったことが、これやっぱりADHDの不注意かあるいはASDの症状っぽい、ということでした。
 そうでない発達障害の方もいるようなのですが、とりあえず私の脳のつくりはそういう発達をしてしまったようなのでした。

 ネットの記事等調べた結果なので科学的信憑性は保証しかねますが、なんか、脳のつくりが違ってて、ほかの人よりぼんやりとしかとらえられないのだそうな…?
 割とそういう心当たりはあるので、大体そんな仕組みだろうと思っています。(私の中で)似たような系統の顔の人の見わけが結構苦手なんですよね…。

人間への興味はある

 父親に「お前は人に興味がないのだ」と言われたこともあります。一応、私は人が好きなほうだと思いますので、その言葉はなんだかショックでした。
 前述したような形で、人間をふわふわと認識してはいますが、ここが軽度の発達障害というか、それなりに定型発達の人々の価値観を理解し、かつある程度は持っている身としては、人間に興味がないとはいえないように思います。Twitterとかでの人間観察も好きですし、障害のためか友人も少なく、昔から周りとのどうにもできないズレを感じてきた身としては、どちらかというと人とのコミュニケーションをとりたいほうです。
 この障害があったために私と友人になれるハードルは高く、それを何かしらの方法で突破するタイプの人が私の友人や知り合い(と認識できる人)にはどうしたって多くなります。だからこそ、友人でいてくれる方々との付き合いもなんとか大切にしたいですし…。

診断を受けて少し楽になった

 発達障害の診断を受けてよかったと思うことのうちの一つが、これに関係しています。
 それは、自分がどう思っていても、どうしても覚えられず、きちんと人の顔と名前を結び付け、頭の中に蓄積するのが難しい場合もあるのだと考えることができた、ということ。
 これによって、自分の中で引っかかっていたり、どうしようもなく抱えていたものが、かなり楽になったように思います。

顔の判別と悪循環

 さて、こんな感じの私のポンコツ顔判別機能ですが、これと長年付き合ってきたために、その過程でとある悪循環が生じました。
 その影響で、今も逃れられない呪縛というか、不安があります。
 
 そもそもは「自分には人の顔を覚え、名前も一致させることがとても難しい」と自覚してしまったことです。
 それにより、顔と名前の一致に自信が持てなくなったのです。
 なので、たとえぼんやりと覚えていても、ぼんやりですから、名前や顔やその人の立ち位置を覚えているそぶりをすることが難しくなってしまいました。

 ぼんやりとだけど確かこの人はこんな感じだったから…とうっすらわかっていても、それを明示したときにもし間違っていたら、と思うと、無理なのです。
 これによってさらに、顔と名前を判別することが苦手になりました。薄っすらよりそれなりに濃いぐらいにはぼんやり覚えているとしても、ほかの人から見れば、おそらく当たり障りのないことをしているだけで名前も顔も薄っすらとしか覚えていないように見えるそぶりしかできなくなりました。
 それで、自分の顔判別機能への自信がなくなって、人と接する機会も減らしてしまって、当然ポンコツ顔判別機能は遅々として改善せず、それがまた自分の顔判別機能への自信のなさに…という。

 また、これにより対人関係や自分への自信もなくしまして、やっぱり対人関係を多く結べず、いろいろな機能が向上せず…ということも生じてしまったのです。
 たとえ顔をぼんやり覚えていて、多分この人、と思っても、断言できなくなった、というほうが正しいでしょうか。判別が正しい自信がない、そのために判別機能を向上させるために脳内に記憶される「正解した」「正解ではなかった」のデータが、なかなか蓄積しなくなったというわけです。

 いまのところ、まだこの悪循環を解消することはできていません。
 間違っても許してもらえないのではないか、ほかの人ができることが自分はできないという自信をなんとか獲得していきたいのですが、まだ少し、五里霧中のような気分です。

取ろうと思っている対策

 とりあえず対策として、名前と顔の特徴を書いたメモを何とかストックしていけば、と考えています。
 ただこの場合、メモをなくす特性を持った自分自身が敵です…がんばらねば…。

ついでに

 顔認識機能に伴って、人の年齢の判別もとても苦手です。…私これから無事に生きていけるんだろうか…。

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